【中年名車図鑑|2代目 トヨタMR2】10年にわたり愛された唯一無二の量産ミッドシップスポーツ

車・交通

大貫直次郎

国産乗用車唯一の量産ミッドシップスポーツカーであるMR2は、1989年10月になるとフルモデルチェンジが実施され、第2世代となるSW20型系に切り替わる。開発コンセプトに「遊びごころのあるオトナが、満たされた時を享受するための道具」と掲げ、初代から上級移行した2代目は、最終的に10年あまりに渡って販売される長寿命車に発展した。今回は“Midship Express”のキャッチを冠して登場した2代目の「Midship Runabout 2seater」の話題で一席。

 

 

【Vol.100 2代目 トヨタMR2】

 

クルマの上級志向が急速に進んだ1980年代後半の日本。その最中にトヨタ自動車は、国産乗用車唯一の量産ミッドシップスポーツカーであるMR2の全面改良を企画する。目指したのは、充実した時間を享受できる“パーソナルドライビングマシン”への刷新。開発コンセプトには、「遊びごころのあるオトナが、満たされた時を享受するための道具」と掲げた。

 

 

 

■新しいパーソナルドライビングマシンの創出

 


基本コンポーネントについては、従来型(AW11/10)がカローラ用を導入していたのに対し、新型はワンクラス上のセリカ用をベースとする。ホイールベースは2400mmに設定。懸架機構はフロントに小キャスターのナッハラウフ配置(キングピン軸に対して車軸が後方に位置)を取り入れたマクファーソンストラット/コイルを、リアに使用パーツのサイズアップなどを図ったストラット/コイルを採用した。また、装着タイヤには前195/60R14、後205/60R14の前後異幅サイズをセット。さらに、制動機構には4輪ベンチレーテッドディスクブレーキ(前輪2ポットキャリパー)を、操舵機構には新開発のEHPS(Electro-Hydraulic Power Steering)を組み込み、同時に操舵角に応じて連続的に照射範囲を進行方向に拡大できる世界初のステアリング連動フォグランプを装備した。

 

 

ミッドシップに横置き搭載するエンジンは、ツインエントリーセラミックターボや空冷式インタークーラー、メタル担体マニホールドコンバータなどを組み込んだ新開発の3S-GTE型1998cc直列4気筒DOHC16Vターボ(225ps/31.0kg・m)と可変吸気システムを内蔵した3S-GE型1998cc直列4気筒DOHC16V(165ps/19.5kg・m)の2機種を設定する。トランスミッションには3S-GTEユニットにシンクロ機構の改良などを図った5速MTを、3S-GEユニットに5速MTとエンジン統合制御のECT-S(4速AT)を組み合わせた。

 

 


エクステリアに関しては、“パワーサーフェス(力面形)”をテーマとする張りのある曲面フォルムを基調とする。具体的には、低く鋭角的なフロントノーズからリアデッキへと続くウェッジシェイプに2シーターのフォワードルックキャビン、ボディと面一化したバンパー、有機的なカーブを描くフロントフェンダー、ボディと一体感のあるサイドエアインテーク、豊かな曲面のリアクォーターなどでスタイリングを構成した。ボディサイズは従来比で220mm長く、30mm幅広い全長4170×全幅1695×全高1240mmに設定。ボディ面のフラッシュサーフェス化やアンダーフロアの装着などによって、空気抵抗係数(Cd値)は0.31を実現した。


インテリアは下半身のホールド感と上半身の開放感を重視し、キャビン全体に豊かなボリュームと柔らかな流れを持たせることによってクルマと乗員の一体感を演出する。インパネおよびセンタークラスターはドライバーを囲むような造形でアレンジ。また、運転席にはさまざまなアジャスト機構を内蔵したスポーツシートを組み込み、上級グレードの表地には高品質なエクセーヌ+本革を採用した。

 

 

 

■“Midship Express”を謳って市場デビュー

 

 

 


第2世代のMR2は、SW20の型式を名乗って1989年10月に市場に放たれる。キャッチコピーは“Midship Express”。車種展開は3S-GTEエンジン搭載のGT、3S-GEエンジン搭載のGリミテッドとGという3グレードで構成し、全グレードで標準ルーフとTバールーフの選択を可能としていた。


基本キャラクターをライトウェイトスポーツからミディアム級の大人のスポーツカーへと一新させた2代目MR2。しかし、デビュー当初の走りの評価は決して“大人”とは論じられなかった。高性能の3S-GTEエンジンに対して足回りが追いついていない、制動性能が不十分、操舵レスポンスが緩慢など、数々のウィークポイントが指摘されたのである。国産唯一の量産ミッドシップスポーツカーを、低評価のままで終わらせるわけにはいかない――。以後、トヨタの開発陣は意地の改良を相次いで実施していった。

 

 


まず1991年12月のマイナーチェンジでは、シャシー全般のリファインとブレーキ性能の強化、タイヤの15インチ化(前195/55R15、後225/50R15)などを実施する。さらに、GT系にはベーシック仕様のGT-Sを新設定。同時に、GT系グレードはビルシュタイン製ダンパーやビスカスLSDの装備、トランスミッションの2速のトリプルコーンシンクロ化、フロントリップスポイラーの大型化などを敢行した。


1993年10月には2度目のマイナーチェンジを行い、エンジンの改良による出力アップ(3S-GTEユニットが245ps、3S-GEユニットがMT180ps/AT170ps)やスポーツABSの設定、ボディおよびシャシーの強化、ウィングタイプのリアスポイラーの装着、リアコンビネーションランプのデザイン変更などを実施する。1996年2月には、トヨタテクノクラフトがGグレードをベースにオープンモデル化した「MRスパイダー」を受注販売。1996年6月になると3度目のマイナーチェンジを敢行し、デュアルSRSエアバッグや改良版スポーツABSの標準装備化、フロントターンシグナルランプおよびクリアランスランプの白色レンズ化、グリーンガラスの採用などを実施した。そして、1997年12月には4度目のマイナーチェンジを施行。VVT-iを組み込んだ3S-GEエンジン(200ps)の搭載や可変型リアスポイラーの採用、タイヤハウス下部前面へのエアスパッツの装備、内装パーツの一部デザイン変更などを行った。

 

 

 

■国産スポーツカーとしては稀少な“10年選手”に昇華

 


1999年10月になるとMR2の実質的な後継車で、初代のライトウェイトスポーツ志向に回帰、さらには世界的に販売台数を伸ばすマツダ・ロードスターをライバルに据えた「MR-S」(ZZW30型)が市場デビューを果たす。これに伴い、2代目MR2の販売は終了した。


ハイソカー・ブームやRVブームを横目に、10年あまりの長きに渡って生産され続けた第2世代のMR2。市場の動向に即した“臨機応変”なクルマ造りを実践するトヨタ自動車の“頑固”な一面が表れたその車歴は、クルマ好きのハートにしっかりと、かつ深く刻まれたのである。

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大貫直次郎

1966年型。自動車専門誌や一般誌などの編集記者を経て、クルマ関連を中心としたフリーランスのエディトリアル・ライターに。愛車はポルシェ911カレラ(930)やスバル・サンバー(TT2)のほか、レストア待ちの不動バ...

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