非常ボタンを押した勇気に対する駅からのお礼【今週の大人センテンス】

話題

 

巷には、今日も味わい深いセンテンスがあふれている。そんな中から、大人として着目したい「大人センテンス」をピックアップ。あの手この手で大人の教訓を読み取ってみよう。

 

第117回 押すと非難されかねない世の中

 

今後とも、駅で列車を緊急に停止させる必要がある場合には「非常ボタン」を押していただけますよう、皆様のご協力をよろしくお願い申し上げます。byJR西日本二条駅長

 

【3つの大人ポイント】

・協力者に何とかして感謝を伝えようとしている

・「世の中捨てたもんじゃない」と思わせてくれる

・「非常ボタン」を迷わず押す大切さを伝えている

 

京都市内を走るJR嵯峨野線の円町駅で、今月18日、20代の女性がホームから線路に転落しました。居合わせた乗客が非常ボタンを押し、さらにほかの乗客も駅に入ってくる電車に向かって手を振るなどして緊急事態であることをアピール。気づいた運転士は電車を停車させ、女性は無事に助け出されました。

 

それから数日後、駅の利用者が投稿したツイートをきっかけに、円町駅に貼られたポスターが話題になります。そこには、転落した女性の救護に協力した人に向けて、隣りの二条駅の駅長からのお礼のメッセージが書かれていました。文面は以下のとおりです。

 

お礼

 

2019年2月18日(月)18時15分頃、当駅のホームからお客様が線路に転落される事象が発生しました。

 

その際、付近におられたお客様がホームの「非常ボタン」を押して下さり、また、列車を停車させようと運転士に向かって手を振って頂いたことにより、入駅中の電車は直ちに停車することができ、線路に転落されたお客様は電車と接触することなく無事でした。本当にありがとうございました。

 

その他にも、転落されたお客様の救護をお手伝い頂きましたお客様にもお礼申し上げます。今後とも、駅で列車を緊急に停止させる必要がある場合には「非常ボタン」を押していただけますよう、皆様のご協力をよろしくお願い申し上げます。

 

二条駅長

 

女性が転落した直後は、駅員も救護に専念していたため、協力した人たちの人数や連絡先は把握していませんでした。JR側は、感謝の気持ちを伝えるすべがこれしかないと考え、駅にポスターを張ることにしたとか。もちろん助けようと協力した人も、お礼を言ってほしいわけではないでしょうけど、「どうにかして感謝を伝えたい」と思って行動を起こしたJRの姿勢は、とても素晴らしいと言えるでしょう。

 

また、ポスターを見た駅の利用者は、見知らぬ乗客同士が力を合わせて人ひとりの命を救ったことを知って、「世の中捨てたもんじゃないな」とあたたかい気持ちになったはず。さらに「自分もそういう場面に出くわしたら、知らん顔をするのではなく、できることをやろう」という思いにもつながったに違いありません。

 

そして何より大きかったのが、駅の側が「必要があったら『非常ボタン』を押してほしい」というメッセージを強く伝えたこと。誰しもボタンの存在は知っていても、イザという場面では「押していいものかどうか……」と迷いそうです。迷っているうちに手遅れになったら取り返しがつきません。たとえ空振りだったとしても、何かあったときは勇気を出して押したいし、勇気を出して押した人や押した行為を称賛したいものです。

 

 

■「緊急通報ボタン」を押した女子高生を罵倒した大人たち

 

円町駅のポスターが話題になった1週間ほど前、同じ電車関連の緊急事態にまつわる女子高生のこのツイートが話題になりました。

 

おっさんが車内で痙攣しながら吐いてて「緊急停止ボタン押して下さい」って言われてもしない大多数の大人達。

 

そして緊急停止ボタン押した私に「ガキが押すな」「遅延すんのかよふざけんな」って言ったお前らの親にお願いだから合わせてくれよ????

 

28日12時現在で、20万以上の「いいね」など大きな反響を呼んでいます。彼女や鉄道会社に取材した「NHK NEWS WEB」の記事が、詳しい顛末を報じました。

 

電車に乗っていた彼女は、車内で「体調の悪い方がいます! 緊急停止ボタンを押してください!」という声を聞きます。40代ぐらいの男性が痙攣していて、嘔吐もしていたとか。彼女はボタンがある車両の後方に向かって「(ボタンを)押してください!」と叫びましたが、誰も動こうとしませんでした。彼女は人混みをかき分けて移動し、ボタンを押します。電車は緊急停止し、車掌が状況を確認して、2分ほどしたあと運行を再開。車内から車掌が次の停車駅である横浜駅に連絡し、男性は救急隊員によって救助されました。

 

ところが、ボタンを押した直後、周囲の大人たちは彼女に冷ややかな言葉を浴びせました。「子どもが押すなよ」「あー遅れた!」「遅延すると困るじゃないかー」……。勇気を出してボタンを押した彼女としては、どんなにショックだったことでしょう。

 

冷ややかな言葉を浴びせた大人たちはもちろん最低ですが、同じぐらい最低なのが、ネット上で彼女を批判している人たち。「電車を停めたらむしろ搬送が遅れる。緊急停止ボタンを押すのは浅はか」といった声です。周囲の大人たちの言葉や態度にそういう意味が含まれていたとはまったく思えないし、問題はそこではありません。どうにかして彼女の行為にケチをつけたい人は、きっと日頃から人の命より自分の遅刻を心配する生き方をしていて、そこを指摘された気がしてムキになっているのでしょう。じつにみっともないことです。

 

どっちでもいいことですけど、ツイートには「緊急停止ボタン」と書かれていますが、彼女が実際に押したのは非常通報機の「通報ボタン」であり、使い方として「急病人が発生したとき」とはっきり示されています。鉄道会社も「批判があったかもしれませんが女子高校生がとった行動は間違いではありません」と断言しています。

 

似ているようで対象的なふたつの出来事は、人間のプラスの面とマイナスの面を見せつけてくれました。できる範囲ですけど、自分は必要なときにはボタンを押す勇気を持っていたいし、ボタンを押した人を称賛する側でいたいと思います。遅刻を心配してボタンを押した人に白い眼を向けたり、ボタンを押したことにイチャモンをつけたりする側にいたい人は、どうぞご自由に。なるべく離れた場所で生きていきましょう。

 

【今週の大人の教訓】

世の中にもひとりの人間の中にも、いいところと悪いところが共存している

オーサーの個人サイト

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コラムニスト

石原壮一郎

1963年、三重県生まれ。コラムニスト。月刊誌の編集者を経て、1993年に『大人養成講座』でデビュー。大人の新しい概念と可能性を知らしめ、以来、日本の大人シーンを牽引している。2004年に出版した『大人力検定』は...

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