悪魔祓いされた謎の病

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Kさん、当時21歳。彼女はある奇妙な病に侵された。何者かに操られているような奇妙な動き。この時、彼女の意識はない。


これはかつて、何かに取り憑かれたとされ、「悪魔祓い」の対象になってきたと言われる症状。今は原因も突きとめられ、長く誤解されてきた悲劇が終わろうとしている。その奇妙な病とは?

 

 

■元気だった女性が突然緊急搬送される

 

2010年。高校卒業後、アメリカの短大に留学中だったKさんが成人式のため1年ぶりに実家へ帰ってきた。優しい両親と、仲のいい兄、姉、そして弟。Kさんは映像制作を学ぶため、アメリカへ留学。4年制大学への編入も目指していた。


嬉しい家族団らんのひと時。アメリカでの生活について聞かれると、Kさんは写真を見せ、アメリカでは友達が引越しをするたびにピザパーティーをすると話した。


「引っ越しのピザパーティー」。この言葉が後に家族の希望となる。


アメリカに戻り、翌2011年9月。Kさんはサンフランシスコ州立大学編入試験に合格。新しいルームメイトとの生活をスタートさせていた。日本語を学んでいたアメリカ人のルームメイトとは、互いに言葉を教え合ってもいた。


その頃、身体に異変が起き始める。頭痛が頻繁に...そして、体調が回復しても覚えようとする事が頭に入らない。しかも...言葉が出てこない。そしてついに、39度も熱が出た。その1週間後。彼女の実家の電話が鳴った。母が電話に出ると、サンフランシスコの病院からの緊急連絡だった。

 

 

実は前日...Kさんは目をむいて「死んじゃう! 死んじゃう!」と叫ぶようなうわ言を言い、救急搬送されていた。

 

 

■母が見たのは変わり果てた娘の姿だった

 

母は、Kさんの叔母を伴い現地へ。病院に着いたのは、電話から43時間後だった。彼女の姿に、2人は言葉を失う。目は開けているが反応しない。そして...体をのけぞらせ、固まった。そして、


K「もうやだ!もうやだ! どうしようもない!」


何かを恐れるようにはっきりそう言った後、目を開けたまま意識を失った。この言葉を最後に何も話せなくなった。持病などなく、ずっと健康だったのに一体何が起きたのか? 医者は脳に異常がないか検査をした。急な発熱から、意思疎通ができない症状が出た場合、脳炎や脳腫瘍など、脳内の疾患を疑う。


ところが、脳波にもCT・MRIも異常なし。目に見える疾患は見つからなかった。そこで髄液をとって検査に出した。しかし結果がわかるのは1週間ほどかかるという。


原因がわかるまで投薬もできない状態だと聞いた母は、娘の帰国を希望した。だが、日本で受け入れ先の病院を見つけなければならないと告げられた。

 

 

原因不明のまま自発呼吸ができなくなり、Kさんは集中治療室へ。人工呼吸器で生命の危機は脱したものの...予断を許さない状況。呼吸不全になった事で医師たちはある病の可能性を感じた。それは3年前に発表された「悪魔祓いされていた病」。


その病気には長く暗い歴史があった。若い女性に多く見られ、まさに悪魔が取り憑いたように、幻覚・幻聴によるパニックの後、意思疎通ができなくなり、呼吸不全。最悪は死に至る事もある。


検査しても脳に異常は見られず、医学的にはお手上げだったため、悪魔祓いも行われた。しかしこの症状を長年研究し、ついに原因を突き止めた医師がいた。スペイン人の医師ダルマウ教授だった。Kさんの担当医はその教授に髄液を送った。この時は彼の診断でしか、この病気を特定できなかったという。

 


■原因は、かつて日本で「狐憑き」と呼ばれた病だった

 

Kさんが入院して1週間。娘の治療はこのままアメリカで続けるしかないと考えた母は、近くにアパートを借りて病院に通い続けた。


そして、ついに娘の病気の原因が判明した。「抗NMDA受容体脳炎」という病だった。卵巣に、良性の腫瘍や奇形腫ができた場合、それを排除するために抗体が作られるが、何らかの理由でそれが過剰に作られ、連動して脳にも発生。その結果、正常な脳を攻撃してしまう。


この抗体は、脳の正常な神経回路を遮断し、間違った回路を繋いでしまうため、異常な言葉や動きが現れる。ただし脳の神経細胞がダメージを受けることは無いためCTなどでは異常は見つからない。


軽い症状なら1週間程で自然に抗体が減少し改善されるケースも多く、回復率は75%に達する。しかし、Kさんは症状が重かった。

 

 

ダルマウ教授の研究により、病原のある卵巣腫瘍を摘出することで抗体が減り、回復することも分かっていた。しかし卵巣が原因の人は全体の4割で、残りは原因不明となっている。Kさんの場合も卵巣に異常が見つからず、切除には踏み切れなかった。


Kさんには、ステロイドの投与と免疫抑制剤で抗体の数値を下げる治療が始まった。副作用で髪が抜けるため、バッサリ切られた。


やがて彼女は全身に強い痙攣を起こすようになった。手を強く握りしめるため、爪が手のひらを傷つけ、呼吸用のチューブも噛み切ってしまう。そのため手のひらを保護し、人工呼吸器は喉に直接空気を送り込む気管切開に切り替えた。


そんな中も、不随意様運動は止まらない。悪魔がついたなどと長く誤解されてきた、特徴的な症状。やがて、舌を噛み切らないように口の中をワイヤーとマウスピースで固められた。


強い薬で抑えていても、本人の意思とは関係なく動き続ける。常に39度前後の高熱に激しい全身の痙攣。口を尖らせるような動きがあることから、かつて日本では「狐憑き」と言われ、祈祷師に委ねられたことも多かったと言う。


次の治療は、全身の血液をろ過し、抗体を取り除く人工透析の要領で、血しょう交換が繰り返された。


入院して3か月。ビザを取っていなかった母はやむなく帰国し、代わりに兄と姉がやって来た。妹のため、二人は仕事を辞めて付き添い...毎日様子を撮影した。体を動かすことでKさんは生傷だらけ。


筋力も落ち、Kさんは日に日に痩せていく。顔の表情筋は脳からの刺激を受け、勝手に動いてしまう。


入院して半年が過ぎた。この半年、彼女は言葉を一言も発しなかった。抗体を減らすためできる治療を全ておこなったが、回復する気配は無い。


しばらくして姉に代わり、母が再びやってきた。 そして、担当医師からある提案があった。それは卵巣の摘出。医師によると、生体検査やエコーで見つからなくても摘出後、顕微鏡検査で見つかったケースもあるという。


母は健康な卵巣を取る事に抵抗を感じたが、姉は自分が彼女なら切って欲しいと思うと言った。この言葉で心は決まった。最後の治療にかけてみようと。


入院から8か月。Kさんの卵巣摘出手術が行われた。

 

 

■手術は成功。そして2年ぶりの帰国

 

その手術から1週間...なんとこれまで続いていた高熱が下がり、脳を攻撃している抗体も減少し始めた。痙攣の頻度は大幅に低下し、何よりも表情が戻った。


時には、何か言いたげに涙を流した。再びかけつけた姉は、妹の好きな歌をかけてみた。耳を傾けているように見えるKさん。やがて...1年ぶりの笑顔を見せた。


強い痙攣が起こらなくなったことで上下の歯の固定も解かれた。すると舌を出す動きが始まった。この病気の特徴的な動きの一つ。


そして手術から3か月。自発呼吸が戻りつつあった。これで人工呼吸器を外すことが出来る。彼女を受け入れる日本の病院も見つかり、2年ぶりの帰国。人工呼吸器が外れたことで受け入れのハードルが下がったのだ。


Kさんは学生保険に入っていたため、医療費の大半をカバーでき、アメリカの軍用機もチャーターできた。看護師2名と姉も付き添う万全の態勢で日本へ。


そのまま、さいたま赤十字病院へ。治療方針を決め、脳神経の総合病院・埼玉精神神経センターに入院。担当となった島津医師は当時のKさんについて、意識がないと言ってもいいくらいの状態でかなり衰弱している印象を受けたという。


また、日本の規格に合わせて薬を減らしたので、それに伴う不随意様運動が激しく出ていた。アメリカでは強い薬で抑えていたが、薬を減らしたため激しくなった。痙攣とは違い、危険は少ないがカロリーを著しく消費してしまう。体重も33キロに減ってしまった。


Kさんも、家族も、看護師も生傷が絶えない。止むを得ず、夜間は抑制帯で体を動かせない様にした。

 

 

あえて、薬で動きを抑えることを避けたのは、病気が治る過程で薬を使いすぎて、機能を衰えさせるのを避けたかったというのが一番の理由。


島津医師が家族、あるいはスタッフによく話したのは、今日よりも明日、明日よりも明後日、1日1日、昨日よりも少しでも良くなればそれが改善だという事。基本的には信じる事だと伝えた。


 

■ルームメイトとの再会が奇跡を起こす

 

そのわずかずつの回復が見えてきた頃、劇的な変化が起きた。それはサンフランシスコでの元ルームメイトがKさんのお見舞いにやって来た時に起こった。


元ルームメイトが一緒に住んでいたアパートから引っ越す事を伝えるとKさんは差し出した姉の手のひらに指を当て、「ピザ」と書いた。


元ルームメイトはすぐ気付いた。引っ越しをする際に行う「ピザパーティー」の事を言っているのだと。


発症前、アメリカから一時帰国した彼女が家族に見せた、ピザパーティーの写真。Kさんは引っ越しという言葉に反応し、ピザと書いたのだ。

 

 

一進一退ではあっても着実に回復している。そして声も発するようになったKさんは、その年の暮れに病院からの一時帰宅が許された。

 

しばらくあたりを見渡していたが、やがて母を見つめ「ママ」と言った。2年ぶりに聴く娘の言葉だった。


時はたち、帰国してから2年。Kさんはついに立ち上がることができた。


さらに歩くことも。薬を減らし、筋肉の衰えを抑えたことが運動能力の回復を早め、自分でできることが日々増えていく。ひらがなを思い出し、言葉にすることも可能になった。
 

 

■奇跡的な回復。そして現在は

 

発症から6年、Kさんは27歳になった。現在はリハビリで縄跳びをしたり、自転車も乗ることも出来る。また漢字も含め、文字を書く力は劇的に回復している。


留学した事は覚えていないというKさん。去年の誕生日から日記をつけ始めたので、そこからの記憶は定着しているという。


それでも、お世話になった人や仲良くなった友達の事が思い出せなくて、取り残された感じがするという。
 

 

そして2017年3月。Kさんは1年間入院したサンフランシスコの病院を訪れた。当時担当したナースやドクターは彼女の奇跡的な回復を自分の事の様に喜んだ。


2017年6月、Kさんの母は、同じ病気の娘を持つ家族と患者会を立ち上げた。「サクラ」と言う脳炎専門のサイトを通じて抗NMDA受容体脳炎の情報を発信するのだという。

 

これまで「悪魔やキツネがついた」などと誤解され、治せることを見逃されてきたこの病気の長く暗い歴史は終わろうとしている。(2017年5月2日 放送)

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