メルセデスF1が「レトロ風カラーリング」で惨敗したワケ

車・交通

 

7月28日に決勝レースが行われたF1第11戦ドイツGPでは、母国レースでの開催を迎えたメルセデスAMGペトロナス・モータースポーツが、2台のマシン、W10に特別なカラーリングを施して臨んだ。モータスポーツに参戦して125年、そしてF1参戦200GPを記念したカラーリングである。

 

125年前の1894年、フランス・パリの新聞社がパリ〜ルーアン間(約126km)を走る自動車レースを開催した(世界初として“公認”されているのは、翌1895年のパリ〜ボルドー往復レースだそう)。メルセデス・ベンツのブランドはこのときまだ誕生しておらず、ダイムラーだったが(現在も「メルセデス・ベンツ」はダイムラー社の乗用車ブランド)、ダイムラーの車両はパリ〜ルーアンのレースに参戦していない。

 

ん? 地元フランスのプジョーとパナールが参戦していたが、両車両が搭載していたのが、ダイムラー製のV型2気筒エンジンだったのである。これを起点に、125年を数えたと言っているわけだ。

 

 

特別カラーリングに話を戻すと、メルセデスAMGは通常、ドイツのナショナルカラーであるシルバーと、メインスポンサーであるマレーシアの石油企業、ペトロナスのコーポレートカラーであるグリーンを掛け合わせたカラーリングで臨んでいる。ドイツGPで施したスペシャルカラーは、フロントウイングとノーズがホワイトにペイントされ(実際はフイルムが貼ってある)、後ろにいくに従ってその塗装が剥がれ、下地が覗くような処理になっている。メルセデス・ベンツだけでなく、ピレリやIWCのスポンサーロゴもレトロにする凝りようだ。

 

 

なぜ車体の半分をホワイトにしたかというと、1900年代以降に国別対抗レースが開催された際(第二次世界大戦前までの一時期、レースは国と国とが威信を懸けた戦いでもあった)、ドイツのナショナルカラーはホワイトに定められていたからだ。フランスはブルー、イタリアはレッド、イギリスはグリーンといった具合である。

 

「ブリッツェン・ベンツ(稲妻ベンツ)」の愛称で呼ばれた1909年のベンツ200PSレンワーゲン(「レーシングカー」の意味)の車体はホワイト一色だ。この頃からメルセデス・ベンツに限らずヨーロッパの自動車メーカーにとってレース活動は、自社製品の技術的優位性をアピールする格好のPR素材だった。

 

4気筒ながら21.5L(!)の排気量を持つブリッツェン・ベンツは1911年に228.1km/hで走り、速度記録を更新した。この記録は当時、列車のみならず飛行機よりも速かったという。つまり、地球上で最も速い乗り物だったのだ(この速度記録は8年間破られなかった)。こうした記録への挑戦も、メルセデス・ベンツのPRに役立った。こうした挑戦する姿勢は、快進撃を続ける近年のF1活動に受け継がれている。

 

 

■シルバーアローは「重量オーバー」がきっかけだった

 

 

さて、ホワイトだったドイツのレーシングカーは、メルセデス・ベンツのある行為がきっかけでシルバーになった。1934年のことである。この年、グランプリカーの車重は750kg以下と定められていた。ところが、メルセデス・ベンツが開幕戦に持ち込んだW25は規定よりわずかに重かった。そこで、当時のチーム監督はメカニックに「塗装を全部はがせ」と命じたのだった。

 

ホワイトの塗装を剥がしたW25は、無事、規定をクリア。アルミの地金がむき出しになった状態で開幕戦を走り、見事に優勝した。この出来事以来、メルセデス・ベンツは塗装なしのシルバーで走るようになり、その速さから「シルバーアロー」と呼ばれるようになった。特別カラーリングを施したW10の前半分が白く、真ん中あたりで剥がれたような処理になっているのは、このときのエピソードに由来する。

 

 

F1ドイツGPでメルセデスが昔風にしたのは、車両だけに留まらなかった。2台の車両を整備するガレージは、シルバーアローが活躍した時代のポスターで埋め尽くされた。さらに、車両を整備するメカニックや戦略を練るエンジニアらは、メルセデス・ベンツがF1に参戦を始めた1950年代をイメージしたレトロなコスチュームに身を固めた。女性スタッフも同様で、まるでアメリカ映画にでも出てくるような派手な出で立ちである。この週末、メディアに送信されたプレスリリースは、タイプライター調の書体で統一されていた。

 

 

これでいつものように優勝すれば格好良かったのだろうが、ドイツGPのメルセデスは、過去10戦9勝したチームとは思えないほど、みじめな結果に終わってしまった。なんと、今季7勝を挙げ、ポールポジションからスタートしたL・ハミルトンは、自らのミスをきっかけに大きく順位を落とし、9位に終わったのだ。2勝を挙げているV・ボッタスは、単独スピンの末にクラッシュしてリタイヤした。

 

雨で荒れたレースとはいえ、結果は悲惨すぎた。今回のドイツGPはメルセデス・ベンツが冠スポンサーを務めていたため、表彰台の後ろにはメルセデス・ベンツのバッジであるスリー・ポインテッド・スターで埋め尽くされていた。なのに、メルセデスのドライバーはひとりもそこにいなかった。メルセデスのドライバーが表彰台に上がらなかったのは、今季初である。なんとも皮肉な話だ。

 

 

ドイツGPの翌週には第12戦ハンガリーGPが開催されるので、特別カラーリングを構成するために貼ったフイルムは、車体を傷つけないよう気を遣いながらも、大急ぎで剥ぎ取るのだそう。きっとメカニックたちは、徒労感たっぷりの気分で作業にあたるのだろう。

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モータリングライター&エディター

世良耕太

モータリングライター&エディター。出版社勤務後、独立。F1世界選手権やWEC(世界耐久選手権)を中心としたモータースポーツ、および量産車の技術面を中心に取材・編集・執筆活動を行う。近編著に『トヨタ ル・マン...

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